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ストーリー

ひたすら自分の手を動かしてイイモノと呼ばれる何かやイイコトとされる何かを完了納品DONEコンプリート、という生き方をそろそろ変える流れになっていて(最近の人生の話です)、たとえば仕事だったら新人を育てるとか、人にものを教えるとか、自分のみでは達成できないものをみんなでがんばるみたいな、そういう工夫をしないと過労かなんかで倒れるのだろうなあと考えている。俺は中学高校の生活で部活動に関わらなかったことを今でも根に持っていて、そういうわけで今も、早い段階で「後輩」や「部長」のような概念を体得していた人々への劣等感をズルズルとひきずっている。


これは話です。東京で暮らしてからは年に一度も会わなくなったけれど、インターネットでの付き合いから数えれば、その縁が十年以上続いている友人がいます。ご多分に漏れずゲームとアニメとまどろっこしいSF小説が好きな彼は俺の三つ年上で、地元は名古屋の近く。関東で生まれ育った俺と彼を繋げたのは、Javaアプレットのチャットでした。

関東のボンクラ予備軍中学生だった俺と、毛布の中で大志を抱きすぎて自分が全裸であることに気付いていない東海に住む高校生の彼は、その日見た2chのスレッドや興味もないニュースの話題で平日の夜を無為に過ごしてきました。彼がしてくれた話で一番気に入っていたのは「チュパカブラ」についての一件で、それは2017年の俺が夜眠る前、X51.orgの後釜からこびりついた米粒をサルベージする理由にもなっています。

オカルト、超常現象、特にオーパーツだとかUMAは、確かに彼と俺の共通の話題だったのだが、この「チュパカブラ」に関してはそうでない。彼が通っていた高校のとある教師のあだ名であり、どうやら「彼の顔がチュパカブラに似ていたからそう呼ばれるようになった」らしいのだった。チュパカブラの顔を見たことがあるわけないだろうし、語感から選ばれたあだ名と思う。

実際、当時俺が通っていた中学校にも「マンドラゴラ」と呼ばれる体毛が濃い教師や、「イェティ」と呼ばれる風変わりな生徒はいた。これもまた無軌道なネーミングであるけれど、数学に対するトラウマを植え付ける名手だったその教師が、多くの生徒にとって実質的に忌むべき根子であったことに変わりはない。「イェティ」に関しては優しい心を持った普通の人間であったことがのちに確認されている。主に職員室にいた人間や、素直ないじめっ子たちから。

東海のとある高校教師「チュパカブラ」は、化学を担当に持つ男だったらしい。当時26歳で職場結婚に成功した直後。嫁の連れ子は女子中学生で水泳部の部長だった。なんと2017年のこんにちにおいては、世界級の水泳競技シーンで活躍しているのだと聞いた。それは素晴らしいことだ。俺は中学高校の生活で部活動に関わらなかったことを今でも根に持っていて、やはりこの文章の中でマンドラゴラの悲鳴を上げているので、発狂して死んでしまうのだった。

「チュパカブラ」は、その醜悪な容貌から生徒からの評価が甚だ低く、そのうえ助平な男だった。「シモネタ」が人気を呼ぶのはせいぜい中学生までで、ハイティーンのメイントピックとなるのは彼の「キモい顔」だったらしい。しまいには、水泳の授業中に突然プールサイドに現れ、意味深な目的が感じられる「写真撮影」におよんでいた、という噂も流れた。

詳しい流れまではうかがい知れないが、「チュパカブラ」は不名誉な噂を抱えたまま高校教師を辞め、その後教職とは無縁の労働者となった。私はこのことについて、ひとつの更生とすら考えている。人に物事を教える人間にろくなものはいないのだから。「チュパカブラの娘」は、我らが「イェティ」のように何かとからかわれたらしいが、高校、大学とめげることなく大好きな水泳を続け、県大会などで記録を残し、そうして競技界からの誘いを受けたらしい。「県大会」「競技界」というものを俺は知らないので、ここでマンドラゴラの叫びに強烈なディストーションが加えられる。彼女もまたなるようになった。その他の解説はけっして「必要とされない!」。

当然、「チュパカブラの娘」自身もまた不安と恐怖を感じていた。父親がロリコンまがいのレッテルを貼られ、彼と血がつながっていないことが更なる汚らしい「噂」を招き、その真実がどうであれ、彼女の大きなストレスとなってしまったことに間違いはない。「イェティ」のような救いのある真実はなく、彼女の人生の原動力は持ち前の体力のみ。友人や部員に恵まれたこともあり、彼女は「ひたすらがんばったからここまで来れた」と当時を振り返って話す。ここで実情を述べると、「チュパカブラの娘」は奇しくも2010年に私と同じタイミングで上京し、広告代理店を経由して、ひとつの仕事を共にしたこともある。彼女はすでに水泳選手で、私は物書きだった。

昨年冬、私は「チュパカブラの娘」とJavaアプレットチャットの友人と3人で、新宿駅近くの喫茶店でコーヒーを飲んだ。「娘」は数年で見違えたように成長し、ライトノベル作家志望という「友人」は、相変わらず裸同然でイチヂクの葉っぱの中に大志を隠している。

「オカルト板。あの頃よく見てたんだけどさ」

「うん」
私はノートPCでRedditを見ながら、Steamのセール情報トピックでページ内検索していた。

「そこで、“水晶髑髏はウソだ”っていう人の話を読んで、がっかりしたのね。実在はするけど、オーパーツでもなんでもない、18世紀だか19世紀だかに作られたちょっと出来の良い骨董品風の道具だったんだって」

「へえ」
Ctrlキー+F、「Civilization」、ヒット数ゼロ。「VI」もゼロ。今日も目ぼしいセール品はなさそうだった。

「それで私、本当嫌になっちゃって。考古学板って知ってる?すっごい過疎ってて、10年前のスレが平気で残ってんの。もう、それ自体が歴史的価値のある資料じゃんって思うんだけどさ」

「ビール来ないね」

「そのうち来るんじゃないですか」

「ん」
現実で顔を合わせた際、ライトノベルと私の会話は思いのほか続かない。一度、十年以上前に流行っていたWebメディアで「最もキャッチボールに適した果物はどれか」という記事を書き上げたことがあるのだが、その経験則で言えば、彼と私はイチヂクの実の足元にも及ばない歪んだ球体を放り投げているだけだ。ろくにボールも投げたことのない貧相なフォームで、お互いの顔も見ないのに、実はイチヂクが野菜でも果物でもないことだけは共通認識として大事に抱えている。

「でね、私、そこでまったく同じ内容で“水晶髑髏はウソだ”ってスレッドを立てたわけ。>>1の書き込みもまるごとコピペで。そしたら早速レスがついてさ、えっ?みんなROM専で実はずっと見張ってるの?って思って」

「うん」

「それもまたオカルティックっていうか、人間の匂いがするぞ!って言われてるみたいで。未開の部族的な」

「問題発言でしょ、それは」

「うーん」
私はノートPCの画面を次々と切り替え、書きかけの原稿とSNSとニュースサイトを流し読みし、それが終わったので、次について考え始めていた。

「でもね、誰かが言ったわけ、嘘、書き込んだわけ。水晶髑髏は200年だか前に作られたもので、少なくとも私たちにその意匠が伝わっていて、それが面白いんだよ、って。ねえ、“これ以上にすてきなことがある?”」

「あー」

「それに、この手の発想の転換って好きだったでしょ。あなた達みたいな手合は、2000年代から何も変わってないの。しかも、ちょっとまどろっこしい話し方で、オタクが好きそうな要素をそこはかとなく盛り込んで、一方的にベラベラ喋りまくってるだけなのに共感が持てるキャラクターを見ると、ぐっとくるタイプじゃない。“他とは違う、自分だけには分かる”なんて角度だと尚更」

私はキーボードを叩くのを辞め、AltキーとF4キーを入力する。

「そういうの人たちのこと、ね、なんて言うか知ってる?」

ライトノベルもPCを閉じ、荷物をまとめ、私がコートに腕を通すのを見ながら二杯分のコーヒー代を支払う。彼も飽きたし、私もただ単純にそろそろ時間だと思ったのだ。

「じゃあまた」

「おつかれ」

私達のキャッチボールはいつもこうで、ゴムボールやイチヂクの実を投げ合うよりも、よっぽどうまくやってる気になっている。


Original story by いこいの泉